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頭が漬物石

身体を力ませる思考
身体を力ませない思考
力ませるのは、意識が、ある1点で
固まっているから。
頭がからだの漬物石に
ならないようにする

目の使い方
目先のことに目と意識を囚われて
目の周りの筋肉を力ませないために
頚椎1を上に引っ張り
頚椎全体に引っ張りを感じること
同時に頚椎の前方、喉の空間にゆるみを
感じることで
目を力ませず
頭をからだから飛び出させない
美しい姿勢が維持できるのではないか?

うまくやろうとする窮屈さ

「うまくやろう」とすることを
やめたい。

うまくやろうとすると
自分が本当に窮屈になる。
それよりも
失敗を恐れず
自由にのびのびと生きたい。

絶対にありのままの自分を貫くのだ。
先ずは自分を貫くこと。
合わせるのはその後で良い

その為には
純粋な「こうしたい」自分の気持ち
に一点集中すること。
「うまくやろう」という雑念排すること。
そして
失敗したら失敗した方が面白いと思うこと

深くゆっくりと

「ゆっくり」をテーマに行動したい。
生活、仕事。
ここの所、急げ急げと焦って仕事をして
体調を崩していた。
そういう時は、食生活や
生活のリズムが乱れていた。
疲れすぎないタイミングで
休憩を挟むこともそうだし、
仕事の動作自体も
ゆっくりと深い呼吸で行いたい。

そうすることで
頭の中や、
体の姿勢や
呼吸、
全体のリズムが
整うのではないだろうか?

その場しのぎでない愛

自分で自分を愛することが出来ないで
代わりとして
他人の愛を求めることは
その場しのぎであって
恒常的な
「依存」や「不安」を生むだろう。

対処療法的でない
自分との根本的な関わり方
どんな時もありのまま
素直に居れること

超える

今日は仕事において
「自分の限界までやる」を
徹底することが出来た。

案の定、
「今までの自分」=頭が
限界だと思ってたレベルに来ると
頭の中で
もう無理だとか
脈絡ないことを考えたりだとか、
目の前の仕事から目を逸らさせよう、
逃げようとさせる反応が起こった。

それでも、
そうなる時は
意識のピントが散漫になっている時だと
気付いて、

目の周りの緊張した意識を目の奥へ。
見る時は眼窩を意識することに
変えて

落ちて虚ろになった胸は
胸骨を引き上げて
崩れた姿勢を戻して
《胸から先に動く》ことに
意識を集中させた。

そうして体側を整える事で
散漫になった意識を
「今やっていること」に一点集中させ、
「今までの限界を」超えることが出来た。

昨日までの自分を、今の自分が超えていく。
これを続けるんだ。


失敗は当たり前

うまくいかないことを
予め含みこむ

自分の調子が悪い時
"うまくやろう"ということばかりに
気を囚われてしまう。

うまくやろう、という考えは
どこから来たんだろう?
そう考えることで
逆に萎縮してしまって
失敗するのに。
なおかつ、"うまくやろう"は
その場限りの対処になりがちだ。

失敗して笑われた、怒られた体験
それによって自分が傷付いたこと
これらが元になって
"うまくやらないといけない"
が出来上がっている。

しかし
"うまくいかなくて当たり前"だと
考えられないだろうか?
挑戦は失敗ありきだ。
それどころか
日常、ありのままで居るだけでも
うまくいかないことだらけだ。
それを当然のこととして
受け入れてしまって生きて
いけないだろうか?

"うまくやれないから駄目"ではなく
当たり前のこととして
柔軟に失敗を受け入れる。

心(からだ)を開く

自分から心を開くにはどうするか?
胸を上げて下腹部と引っ張りを感じる
全体を連関させた姿勢を保つこと
その姿勢で聴けば
からだ全体、頭だけでなく
皮膚、耳、下腹部での感覚も総動員した
聴き方が出来るはず。

そして
その際のコツは
頭を空っぽ、"ゼロ"にしておくこと
話を聴く最中に自分の意見や判断を
差し挟まないこと。
先ずは相手の意見を"丸呑み"にしてから、
自分の体感を通して考え抜くこと